生き方

2020年02月25日

最先端の機械にも使われる!日本のものづくりを支える下町生まれの手植えブラシ

スカイツリーが大きく迫るここ東京都江東区亀戸。亀戸駅に降りれば、周辺は商店街で賑わい、居酒屋や飲食店なども並びます。

駅から20分ほど歩くと、再開発が進むエリアへ。ショッピングモーや新築の戸建が次々と建ち始めています。
そんな中、スポーツ施設や、芝生広場がある自然豊かな公園が周辺の住民に憩いを与えています。

公園を抜けると、どこか懐かしい風情がある住宅地へ。町工場の鉄鋼裁断の音、保育園から聞こえる子どもたちの元気な声が聞こえてきます。
その一角にあるのが「寺沢ブラシ製作所」です。

夫婦でつくる多種多様の手植えブラシ

作業場にてブラシを植える寺澤一久さん。

作業場の神棚の下、サンダルとダボシャツ姿で長四角の木片に毛を植えているのは、ご主人の寺澤一久さん。その奥では奥様が円い大きな円盤に毛を植えています。

円盤状の工業用ブラシを植える奥様。

手作業でブラシの毛を植える〝手植えブラシ〟と言えば、高級なヘアブラシ、ボディブラシ、洋服ブラシ、靴ブラシなどが思い浮かびます。しかし手植えブラシの用途はそれだけではありません。

実は、工業用としても重宝されています。
この日、一久さんと奥様がつくっていたのは、工業用のブラシです。

両親の背中を見て覚えた現在の手植えの技術

こぢんまりとした作業場で、黙々とブラシの毛を植える寺澤さんご夫婦。

寺沢ブラシ製作所の創業は、東京オリンピックがあった昭和39年のこと。6年前に亡くなられた一久さんのお父様が、月島にある共立ブラシで修業したのち、中央区築地で創業したのが始まりでした。
その後、亀戸に移転。一久さんはここで育ちました。

一久さんご夫婦がこの道に入ったのは、26年前のこと。結婚して子どもができたことがきっかけです。

「入った時は親父と喧嘩ばかりだったね。小さいころから親父の仕事を見ていたし、あえて仕事を教わるということはあまりなかったね」と一久さんは言います。

注文の8割 は工業用。企業秘密のため用途は知らされない

毛を植える前の金属パーツ。

ふと目を作業机に移せば、丸い金属が積まれています。どうやら、これに毛を植えるようです。

これは、いったい何だろう…。

一久さんに聞いてみると、「工業用のものだけど、何に使ってるかわからないんだよね。新しくつくって、送って、また返って来たのを植え替えるの。いつも脂ぎって戻ってくるから何かには使ってはいるのだろうけど……、知らないんだよね。毛を留めるために、普通ビスや釘を使うけれど、ここのは金属を使わないようにと言われていて。爆発するかららしいんだよ。なんなんだろうね。それで三味糸(絹)を使ってるの」と一久さん。

デッキブラシ。この後、4mの柄が付くのだそう。

「こっちはデッキブラシなんだろうけど、柄の部分は4mもあるんだ。なんだろうなあ」といいます。

よく見ると、毛の部分がウエーブしています。4mもの柄を何に使うのかさっぱりわかりません。設計の時点で、ある程度の段階までは教えてくれるそうですが、その先は一切、企業秘密なのだそう。

寺沢ブラシ製作所でつくられているさまざまなブラシ。

ブラシの毛。動物の毛から金属の毛までいろんな種類がある。

他にも、マンホールの蓋くらいの大きいブラシから、二メートルを超える巨大ブラシも。毛材も、ステンレス、鉄、リン青銅、馬毛、タヌキ毛、山羊毛、イタチ毛と様々ありました。

しかし、寺沢ブラシ製作所でつくる工業用ブラシのほとんどは、その用途がわかりません。

そんな中、「これ何だと思いますか?皆さん見たことないじゃないかな」と一久さんが持ってきたものは、50センチはある金属製のブラシです。

金属の毛が植えられたブラシ。これは何に使うの?

私たちはちんぷんかんぷん。

「これは火葬場で使うブラシ。お骨を集めるために使うらしいんだけど、ステンレスで出来ているの。焼きたては熱いから、毛だと燃えてしまうでしょう。2年に1回くらい、注文がくるんだよね」と、一久さんは面白く語ってくれて、こちらもつられて笑ってしまいました。

スエードの手入れブラシで、手植えの作業工程を教わる

スエードの手入れブラシ。

手植えブラシは職人の手によりしっかりと植毛され、扱いによっては一生ものと言われるものもあります。

生活で使われるブラシの中で、寺沢ブラシ製作所が得意とするスエードのブラシを作る工程を見せていただきました。

まずは、手のひらに収まるサイズの木の板に印を付け、穴あけをします。そこにリン青銅の毛を植毛し、針金で引きながら繋げていきます。毛量は手の感覚で判断します。

穴を開けた木の板に、毛を植える。

すべて植えたら裏面の針金をローラーでならして、さらに木片で蓋をして釘で打っていきます。

小さな釘で、木片を貼り合わせる。

そして、貼り合わせた面を機械でキーンと磨き、滑らかに仕上げ、四方を面取りしてから丸みを持たせます。機械は昭和から使い続けているそうです。

ブラシのボディの形を整える。

毛の部分は物差しで測り、機械で既定の長さに刈り込みます。

毛を刈り込む。

最後に「亀」のモチーフと「寺沢ブラシ」という文字を焼き印で押して出来上がり。

短い時間で簡単にできるように感じますが、木の裁断から仕上げまで緻密で大変な作業です。

高い技術力を求めて、全国各地の企業から問い合わせが

使い込まれたブラシの毛を抜いて、新しい毛に植え替える。

「手植えブラシを一本でやっていこうと覚悟を決めて、ホームページをつくったら全国の企業からたくさん注文が来るようになったんだよね」と一久さん。以前より、工業用の注文が増えたといいます。

ブラシをつくる職人が少なくなっており、手植えを専門とするブラシ職人は、都内でも5~6軒しかないそうです。

「職人が高齢化していて、弟子を取ったとかいう話も聞きません。問い合わせてきて、私の年齢を聞いてから発注するなんてこともよくあるんですよ」(一久さん)。

一久さんのように40代と若手のブラシ職人はおらず、今後、長きにわたって仕事依頼をしたいという企業から声が掛かるそうです。

「ああ、もっと親父に教わっとけばよかったなあ」って、残念そうに話す一久さん。先代も大手ガラスメーカーのステンレスブラシを専門にやっており、豊富な経験とノウハウを持っていました。

隣で黙々とブラシを植えている奥様の手には、使い込まれた革の手袋。針金を引き上げるときに必要なものです。面白いことに、職人によりこだわりがあり、手袋の形状は1人1人違うそうです。これは一久さんのお母様から受け継いだ形なのだそう。ぴったりと奥様の手に馴染んでいます。

毛束の量は手の感覚でわかる。奥様の手元には、仕事に欠かせない革手袋が。

爆発しないよう金具を使わないもの、燃えないようステンレスでつくられたものなど、用途によりさまざまな素材や製法でつくられたブラシがありました。

最先端の工場で使われるブラシが、明治時代から伝わる技術で職人の手仕事によってつくられるというから驚きです。

取材の最後に、「息子さんに継がせたいと思いますか?」と聞くと、「絶対継ぐべきだとは思うね。需要は絶対になくならないから」と自信をもって答えてくれました。そして、「でも、まあ本人がやりたければね」と、優しいまなざしで言いました。

取材協力:寺沢ブラシ製作所
文:松林美樹
写真:諏訪貴洋(櫻堂)

職人圖鑑編集部

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