伝統・文化

2020年05月21日

「筆ぺん」の呉竹。革新的な商品の根底には、「奈良墨」の伝統技術があった

学校の書道の時間に使った液体墨「墨滴」。
ご祝儀や不祝儀の表書きに名前を書く時に使う「筆ぺん」。

この、誰もが使ったことのある筆記用具を生み出したのが、奈良県にある墨・書道用具メーカーの株式会社呉竹です。

墨はもともと、硯に水を垂らし固形墨を摺って液体状にするという手順を経て使われています。液体墨の誕生により、その過程を省略できるようになり、授業時間が限られている教育現場などで重宝されるようになりました。筆ペンに至っては、墨も硯も用意することなく、サインペンの感覚で使えます。

私たち日本人の慣習を一変させてしまうほど画期的な商品を開発してきた呉竹ですが、もともとは、奈良伝統の固形墨「奈良墨」づくりからはじまりました。

現在、固形墨の売り上げは、会社全体の1%程度にすぎないそうです。それでも、呉竹では、企業の原点である「奈良墨」の伝統技術を大切に守り、その灯火を絶やさぬよう、職人の手仕事による墨づくりを続けています。

呉竹の墨づくりは分業。型入工の仕事を見学

墨を精錬して型入れをするまでを担う型入工。

呉竹では、墨づくりを分業で行っており、木型彫り、型入れ、乾燥、磨きという4工程を専門の職人が行っています。今回、メインで見学させていただいたのは、型入工の仕事です

「墨は、植物油や松を燃やして油煙や松煙という煤を採取し、膠と水とともに練り合わせ、木型にいれて成形し、乾燥させてつくります。しかし、煤は水とは混ざりません。そこで膠が使われます。型入工は、機械で粗練りした墨玉を、手や足で練って精錬し、型に入れて成形するまでを行います」と案内してくれたのは生産部の綿谷政裕さん。

全身を使って、足練りをする職人。

作業場では、全身真っ黒な出で立ちの職人が、バーに捕まって、足に体重をかけながら、リズミカルに墨玉を練っていました。まだら模様にならないよう、美しい墨をつくるには、強く力をかけて練り込まなければならないのです。

まるで手のように自在に足を使って練る。

しばらくすると、今度は座って、手練りをして、練り上がったら木型に入れていきます。

足練りの後、さらに手練りをする。

型に入れたら万力でプレスして、このサイズでは1時間ほど置いて、型から外します。

墨を型に入れて万力でプレスし、しっかりと成形する。

木型を外して墨を取り出す。

「型入をしているのは墨匠の西岡玄堂さんです。仕事をしながらになりますが、お話を聞いていただいて大丈夫ですよ。作業を止めると膠が固まってしまうので」と綿谷さん。

「1日にいくつつくるのですか?」

真剣な眼差しで黙々と仕事に打ち込む西岡さんに思い切って声をかけてみると、「だいたい、800~900丁くらいですね。多いときは1000丁くらいつくることもありますよ」と、手を動かしながらも、優しい笑顔で答えてくれました。

墨づくりは冬の仕事。もっとも冷え込む明け方から仕事が始まる

笑顔で話をしてくれた西岡さん。

墨職人の仕事は冬場だけ。しかも、仕事は、もっとも気温が下がる朝4時からです。気温が低い方が、膠が固まりやすく、仕事の効率が良いのだといいます。

取材したのは3月初旬のこと。墨づくりも間もなく終わりという時期でした。まだ上着を羽織るほどの寒さでしたが、西岡さんは半袖のポロシャツで仕事をしていました。全体重をかけて墨玉を練るため、冬でも半袖で汗をかくほどだといいます。

墨玉を練り、型に入れ…、単調な作業の繰り返しのように見えます。しかし、西岡さんは「毎日が新鮮だ」といいます。

「気温や湿度によって、墨玉の状態がまったく変わってくるんですね。それによって、力加減を替えたり、水を増やしたり減らしたり調整しながらやっています。同じ繰り返しのようでいて、まったく違うんです。何年やっても難しいですが、そこが面白いところでもあります」(西岡さん)。

「とりあえず、ええ墨つくれ」という師匠の言葉を自問自答する日々

型からはみ出たバリを切って整えているところ。

西岡さんが、この仕事に就いて20年になります。実は、公務員の採用が決まっていたそうですが、ものづくりが好きで、呉竹に入社しました。最初は、別の部署で働いていましたが、墨職人の仕事を見て、「この仕事がしたい」と希望したのがはじまりです。

「最初の3年は、ひたすら墨をつくり、毎日、今は亡き師匠とつくった墨を一緒に見て、『ここがあかん』などと指導をいただいていました。墨づくりに関しては厳しい方でしたよ。そんな師匠に、毎日のようにいわれたのは、『とりあえず、ええ墨つくれ』って言葉でしたね」と、西岡さんは懐かしそうに話してくれました。

西岡さんは、墨をつくる時、煤と膠を均一に混ぜることを意識しているといいます。均一に混ぜると、見た目も美しく、すっと気持ち良く摺れるのだそうです。

「〝ええ墨〟といっても、定義はないんですよね。本人がずっと考えていくことだと思うんです。西岡さんは、『よく練れている、キメが細かいもの』というところに至ったんでしょうね。そういう人もいれば、カセ肌をつくるという人もいますからね」と、綿谷さんはいいます。

10年ほど前に、西岡さんは「玄堂」という墨匠名をもらいました。現在は、呉竹でただ1人となる専属の型入職人です。

「墨匠名をもらった時は、会社から認めてもらったんだと嬉しく思いました。でも、職人としてはまだまだだなと思いますね。先輩方からも、『この仕事は一人前になることはない』とよくいわれるんですが、本当にその通りだと思います。一生、見習いの気持ちです」(西岡さん)。

西岡さんは、今も、これからも、ただひたすらに〝ええ墨〟を追求し続けることでしょう。きっと、終わりはありません。でも、それが、この仕事の醍醐味です。

墨づくりは膠との勝負。墨を固く乾燥させる灰替工程でも繊細な職人技が求められる

灰替工程。木箱に入れて、灰をかぶせる。

西岡さんの作業場の隣には、灰替工の作業場がありました。

「ここは、灰替工程といって、墨を乾燥させる工程です。灰の中に墨を埋めることで、表面はしっとりしたまま水分が抜けるんです。すると灰が湿気ってしまうので、毎日灰を替えていきます。灰の乾燥具合も、全部違うんです。私たちにはわからない世界ですが、職人は、その灰を握っただけで、どのくらい乾燥しているかわかるといいます。墨によって灰を変えたり、ブレンドしたりするんですよ」(綿谷さん)。

一見、同じように見える灰だが、箱によって状態が違う。

この作業を、10丁型(179×40×17mm)で20日繰り返し、その後、天井からぶら下げて2~3か月空気乾燥させて次の工程へと進みます。

灰替工程後、天井に吊して乾燥させる。

「墨づくりは膠との勝負なんです。温度管理をしなければ練れません。

型入れした墨の水分を取る時も、うまくいかないと膠にカビが生えます。空気がさらっとしたよい環境で、灰を調整して適切に水分を抜かないといい墨はできません。

それ以前に、夏に墨づくりができないのも膠のため。動物性たんぱく質のため、暑いと腐りやすくなるのです」(綿谷さん)。

革新的な商品を次々生み出す呉竹。伝統的な墨づくりがその根幹に

2020年5月21日に発売の新商品「千寿墨 緑牙撥鏤」。

呉竹は、液体墨に筆ぺん、さらに、最近では、12色の色彩墨「彩墨 深美」、白抜き文字が書ける「イリュージョンホワイト」など、革新的な商品を次々生み出してきました。

液体墨を売り出した時は、書道家たちから「墨の伝統を崩すのは何事か」と叱責されたこともあったそうです。墨を磨り心を落ち着かせることは書道の所作として欠かせません。しかし、便利さと実用性、そしてその品質の高さが評価され、次第に浸透していきました。

アイデア商品の根幹にあるのは確かな品質です。そして、その品質を支えるのは、奈良に受け継がれる伝統技術と、それを受け継いできた職人たちの日々の積み重ねに他なりません。

だからこそ、呉竹では固形墨づくりをとても大切にしています。その取組みの1つが、1975年からつくり続けている「千寿墨」。毎年数点、それまでの墨づくりの集大成としてすべての技術を結集した固形墨を「千寿墨」として発表しています。

新作は、2020年5月21日発売の第46弾「千寿墨 緑牙撥鏤(りょくげばちる)」。正倉院宝物である「緑牙撥鏤尺(りょくげばちるのしゃく)」をモチーフにしています。「緑牙撥鏤尺」とは、象牙を紺色に染め、刀を跳ね上げるように彫って装飾されたものさしです。

側面に描かれた雲気紋まで忠実に再現。

その文様を忠実に再現し、赤と黄色の彩色も現物にできるだけ近づけた固形墨は使うのがもったいないほどの美しさですが、墨色もまた優雅です。濃墨にすれば紫を帯びた格調高い黒に、淡墨にすれば茶紫系の澄んだ美しい滲みになります。

呉竹は、革新的なイノベーションで躍進しながら、その根幹を忘れることなく、墨づくりの技術を追求し、さらなる高みを目指して挑戦を続けています。

 

取材協力:株式会社呉竹
執筆:瀬戸口ゆうこ
写真:諏訪貴洋(櫻堂)

職人圖鑑編集部

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