現在、江戸切子の職人は約100人いるといいます。それぞれにスタイルがあり、個性豊かなのが江戸切子業界のおもしろいところなのだそうです。
「工場で大きくやっている会社もあれば、職人が1人でやっているところもある。百貨店を中心に販売しているところもあれば、ネットショップがメインのところもある。話し好きの人もいれば、黙々と作業するのが好きな人もいる。江戸切子という産業は、商売の仕方がバラエティに富んでいるんですよ」と、今回インタビューした江戸切子作家・三代秀石 堀口徹さんも話されていました。
そんな江戸切子業界にあって、海外で作品を発表したり、伊勢丹とコラボしたり、腕時計のベゼルをつくったり、話題性に事欠かない職人集団がいます。堀口徹さん率いる「堀口切子」です。
「堀口切子」には、3人の若き職人がいます。代表の堀口さんは40代前半。2人の弟子は、20代後半と20代前半です。時代にマッチした発想やデザインで多くの人を魅了する「堀口切子」。3人の職人に、一問一答形式で迫インタビューし、その魅力をひもときます。
【FILE1堀口徹(堀口切子代表。40代。職人歴20年)】
「差別化したつもりはない。やりたいことを貫いたら独自路線を辿っていた」
江戸切子作家・三代秀石 堀口徹さん。「ホワイトベース」と名付けた自社工房にて。
Q1.江戸切子の魅力とはどんなところにあると思いますか。
ガラスの魅力でもあると思いますが、光の加減、使い手の目線、中に入る料理や飲み物、テーブルの色、背景など、周りの環境やシチュエーションなどによって、変化をみせてくれるところです。
Q2.なぜ、江戸切子の職人になろうと思ったのですか。
中学生の時に、ホームルームの時間で、将来の職業について考える機会がありました。その時から、「ものづくりをして生きて行けたらいいな」と思っていました。手先を動かすのが好きだったので。
実家が江戸切子をやっていて、伝統工芸や職人への漠然とした憧れはありましたが、江戸切子の職人でなくてもよかったですね。宮大工でも畳職人でもよかった。でも、すでに亡くなっていた祖父の後を継いで江戸切子の職人になったら、みんな喜ぶんだろうとは思っていました。
Q3.ものづくりをする中で大切にしていることを教えてください。
「誰のために、何のためにつくるのか」を考えることです。最初に考えて、迷った時はそこに立ち戻ります。
例えば、使ってもらうものなのか、飾ってもらうものなのか。料理が入るのか、入らないのか。料理店であれば、お店の方が運ぶだけなのか、お客様も手に取るのか。それによって、サイズ感やデザイン、カットする分量が変わってきます。
Q4.この仕事の楽しさ、反対に苦しさはどんなところですか。
若い頃は、できなかったことができるようになることが楽しかったですね。経験を積んでいくと、自分のつくった器に素晴らしい料理を盛り付けていただいたり、お客様から喜んでいただくことが嬉しくなってきました。
最近では、江戸切子を広げる活動をしていく中で世界が広がり、いろんな方と会って、お話しできることが楽しいです。
苦しさはまったくありません! 好きなことを商売にできているんですから。
ただ、幸いにも、独立してずっと、お金のために望まない仕事をしたことはありませんが、景気などの影響で、それができなくなる時が来たら、苦しいかもしれませんね。
Q5.江戸切子の業界にあって、「堀口切子」はどんな存在だと捉えていますか。
差別化したつもりはないですが、確かに独自路線を辿っていると思います。自分たちの望むスタイルでやりたいことをやった結果でしかありません。いわゆる、江戸切子らしい江戸切子があって、うちはちょっと変わっているから、気に留めていただける。そういう意味ではまさに、恩恵を受けているのだと思います。
それならば、自分たちなりの形できちんと恩を返さなくてはならないという思いはあります。江戸切子協同組合では広報部として活動していますし、博物館と連携して江戸切子の資料や歴史などをとりまとめる文化的な活動もしています。
可愛らしい菊花文のぐい呑み。菊は「喜久」と当てる縁起物。
Q6.「堀口切子」の強みとは?
例えば、男女の差、年齢の差、経験年数の差、今まで生きてきた環境の差というのは、なんだかんだ、ものづくりに影響すると思うんです。それを、上手く利用できないかと思っています。
例えば、男女の差。男からすると、女性の気持ちをひたすら考えて作るのはしんどい時があるんです。その点、女性なら、自然につくれるのではないでしょうか。
年齢でいうなら、使っているツールが違ったり。例えば、SNSだと、私はFacebookですが、弟子たちはInstagramを使っています。
不得意なものを、「仕事だから」とやることはしんどいですよね。だから、いろんな人がいてリカバーしていくことって大事なんじゃないかと思います。
Q7.今後の目標は?
この年になって、夢ができました! 江戸切子は早い段階でイギリス人のエマニエル・ホープットマンという方を指導者として招いているんです。そこで、礎となる技術なり機械が投入されて、飛躍的にレベルが上がったと言われています。
しかし、いまイギリスでは、私の調べる限り、カットグラスの会社がありません。だから、本場のイギリスで、カットグラスが復活して欲しいなと思うんです。支店を出すということではなく、大学などでのワークショップを足がかりに、「カットグラスって面白いな」「復活させたいな」という人たちと交流を持ちたいなと思います。
1回消えたものが復活することは不可能じゃないと思うんです。実際に、薩摩切子は一度途絶えましたが、「薩摩切子を復活させたい」という声があがり、再びつくられるようになりましたから。
【FILE2三澤世奈(20代後半。職人歴5年)】
「“今までにない”商品づくりに挑戦して、“若手”としての役割を果たしたい」
「堀口切子に魅了されてこの世界に入った」と語る三澤さん。
Q1.江戸切子の魅力とはどんなところにあると思いますか。
直接お客様に手に取っていただいて、「美しい」とわかりやすく感動してもらえるところですね。
Q2.なぜ、江戸切子の職人になろうと思ったのですか。
江戸切子というか、親方である堀口徹という人の作品を見て興味を持って、その作品に共感したからです。デザインもそうですし、メディアで話されていることを聞いたりして、スタイル全般のセンスに惹かれました。
もともと手仕事が好きで、高校生の時はネイリストになりたかったんです。大学ではマーケティングを学んで、「物を売るということはこういうことなんだ」というのを学びました。
それで、本当に自分のやりたい手仕事は何か考え直して、「これだ」と思ったのがこの業界でした。
実は、一度、大学3年生の時に、「弟子にして下さい」と親方に連絡したんですよ。でも、独立されたばかりということもあり断られました。その後、ネイリストをしていて、3年後に堀口切子がスタッフを募集していたので応募したんです。3年越しで念願が叶いました。
Q3.ものづくりをする中で大切にしていることを教えてください。
商品づくりについて、お客様にもっと喜んでもらうためにはどうすれば良いか、常に考えることですね。自分の得意とする部分だとも思っています。
例えば、一番売れている「万華様」という商品があるんです。万華鏡のように多彩な表情を見せることからこう名付けられました。普段は、青、緑、赤の三色展開なのですが、「9月の中秋の名月に合わせて限定カラーを」と、黄色を提案して採用されました。
Q4.この仕事の楽しさ、反対に苦しさはどんなところですか。
おもしろさと苦しさは一緒ですね。追求するところに終わりはなくて、そこにやりがいがあると思います。限られた時間の中でベストを尽くしていますが、あきらめなくてはいけないところもある。「時間があればもっとできたのに」と思うこともあります。あるいは、「技術があればもっと時間が掛からないのに」と思ったりもします。
Q5.江戸切子の業界にあって、「堀口切子」はどんな存在だと捉えていますか。
好きなことをしている会社だと思います(笑)。だからこそ、クオリティも、魅せ方も諦めません。すると、時間もお金もかかり安くは提供できません。でも、「それでもいいよ」という方に選んでいただいていると思います。
私も、後輩の坂本も、「堀口切子で働きたい」と門を叩きました。これからも、お客様にも従業員にも選ばれるように、ファンになっていただけるものづくりをしていけたらと思います。
Q6.「堀口切子」の強みとは?
3人で好きなことやセンスが共有できることだと思います。例えば、グラスのデザインとして何本線を引いたらバランスが良いか考えたとき、私と親方は同じポイントで思いついてしまうんですよね。お互いに好きなものを理解できるから、やりたいことも細かく相談できます。
Q7.今後の目標は?
いま、ちょうど、1人1人の個性を活かして、今までにない取り組みをしていこうという方向になっています。作品だけでなく、商品ラインナップとして、私がデザインしたものを売り出して行こうというお話もいただきました。
以前、レクサスが日本の伝統工芸を支援するプロジェクトがあって親方が選ばれたんです。ファッションエディターの生駒芳子さんがアドバイザーになり、新しい商品をつくりました。親方はカフスとピンズをつくりましたが、生駒さんからは、「ジュエリーもあった方がいい」とアドバイスをいただいたんです。女性の感性でつくったほうがいいだろうということになり、親方から一任していただけて、ピアスをつくらせていただきました。これは、本当に良い経験になりました。
レクサスの伝統工芸支援プロジェクトでつくったピアスを前に。
既存の「堀口切子」の商品とは異なる性質の“今までにない”商品づくりに挑戦して、会社や業界に貢献できるようになりたいです。
【FILE3 坂本優輝(20代前半。職人歴1年半)】
「どんなに大変でも、ガラスの輝きがピカッと光る瞬間にやりがいを感じる」
「自分の強みは根気強いところ」と語る坂本さん。
Q1.江戸切子の魅力とはどんなところにあると思いますか。
江戸切子の魅力は何といっても、カットされたガラスの煌めきにあると思います。それは、カットの精度が上がれば上がるほど、より高まるのだと思っています。自分もやはり、江戸切子の煌めきに心惹かれました。
Q2.なぜ、江戸切子の職人になろうと思ったのですか。
もともと、大学に進学するつもりはなくて、ものづくりの職人になりたいと思っていました。
江戸切子に興味を持ったのは高校2年生の時。テレビで特集しているのを見て、初めて江戸切子のことを知り、調べていくうちに「堀口切子」のHPにたどりついて、「かっこいいな」と思い、問い合わせました。
それで、高校2年生の冬に体験に来て、親方に「本気でやりたいなら、高校3年生になったらまたおいで」と言っていただいて。高校3年生の夏に「お願いします」と挨拶にきました。
Q3.ものづくりをする中で大切にしていることを教えてください。
妥協しないことですね。特に、磨きの工程は念入りに何度も検品し、納得いくまでやり直します。時間も根気も必要なので、時につらくて、投げ出したくなりますが、それを乗り越えた先にあるクオリティを第一に考えています。
縞模様のカットをわざとよろけさせる「よろけ縞」というカットをしている坂本さん。
Q4.この仕事の楽しさ、反対に苦しさはどんなところですか。
江戸切子の工程は大きく、カットと磨きに分かれています。カットは3種類ほど、磨きはほぼ全般任されるようになりました。カットされている部分は白くなっているので、研磨剤を付けてガラス本来の光沢を出すのが磨きという工程です。磨きはカットの手の動きをまねしないとできません。だから、カットを覚えるために最初は磨きをします。
量をこなさなければならないので、手が痛くなったりして大変ですが、磨き終わると、さっきまで白かったガラスがキラキラしてとてもきれいなんです。それを見ることが、自分のやりがいになっています。
Q5.江戸切子の業界にあって、「堀口切子」はどんな存在だと捉えていますか。
「堀口切子」は、業界と江戸切子の過去と未来を考えながら、時代のニーズに沿った取り組みをしている会社だと思います。業界全体にあって、強い存在感を持った会社に、自分も身を置いていると思うと、身が引き締まる思いです。
Q6.「堀口切子」の強みとは?
少人数であることを活かして、“堀口切子イズム”を共有しているところだと思います。“堀口切子イズム”とは、自分がそう呼んでいるだけですが、親方や世奈さんが培ってきた知識や美学のようなもののことです。それを基準として、しっかり共有することで、ひとり一人が無駄を省きながら、高いクオリティを維持することができるのではないかと思います。
Q7.今後の目標は?
直近の目標は、年1回開催される江戸切子新作展で、最優秀を獲ることです。将来的には、ガラスの生地を吹くところからできる職人になりたいです。江戸切子の職人はガラスをカットする人で、生地を吹くことはないんですが、自分はそこまでできる職人になりたいです。
それぞれ年代や経験、育ってきた環境が違う、「堀口切子」の職人たちに、同じ質問をぶつけて、等身大の思いをおうかがいました。
代表の堀口さんは、最後にこう話してくださいました。「伝統というものをとらえたときに、つくるという意識が強いですね。引き継ぐとか、受け渡すというのも確かにあります。でも、自分たちの時代では自分たちが伝統をつくるという思いでやっています」と。
「堀口切子」の若き職人たちがどんな時代をつくるのか、今後が楽しみです。
取材協力:堀口切子
堀口切子オンラインショップ
撮影:櫻堂(諏訪貴宏)