日本工芸探訪~ルポルタージュ~

2019年03月04日

大松染工場三代目・中條康隆が語る。江戸小紋・江戸更紗の今とこれから

東京の下町、墨田区にある大松染工場。江戸時代から続く伝統的な染技法による江戸小紋、江戸更紗をつくっています。

かつては普段着だった着物も、今では、敷居の高いものになってしまいました。しかし、江戸時代、江戸小紋や江戸更紗は、庶民の間で愛用され、個性豊かな紋様が流行したといいます。

今回は、大松染工場の三代目・中條康隆さんにインタビュー。江戸小紋や江戸更紗の魅力を教えていただきました。江戸小紋の製作工程や、時代に合わせた新しい取り組みのお話もうかがっています。

そこには、江戸時代から伝わる緻密な技術と、ものづくりを心から楽しむ職人の遊び心がありました。

まずは知っておきたい!「江戸小紋」「江戸更紗」とは?


江戸小紋と江戸更紗の手法を用い『富嶽三十六景』を描いた訪問着。二代目・中條隆一さんの作品です。

江戸小紋、江戸更紗とはどんな染物なのか。まずは、その特徴や魅力について教えていただきました。

【江戸小紋とは】
江戸小紋は、遠目には無地に見えるほど慎ましやかなのに、近づいて見てみると繊細で個性豊かな柄が施されているのがわかります。

「小紋の起源は奈良時代まで遡ることができますが、本格的に発展したのは江戸時代のこと。武士の礼装である裃に小紋染めが用いられるようになってからです」と中條さん。紀州徳川家は極鮫、加賀前田家は菊菱、佐賀鍋島家は胡麻柄など、大名によって柄が決まっていました。

やがて、小紋の流行は庶民にも広がり、柄はより多彩になっていきます。

白い点が互い違いに並ぶ「行儀小紋」、半円が重なるように並ぶ「鮫小紋」、縦横整列して並ぶ「角通し小紋」という、「江戸三役」と呼ばれる代表的な紋様のほか、菊花の柄を連ねた「菊重ね」、柴を束ねた形の「結柴小紋」といったものまで個性豊かな柄が誕生しました。中には、「いろは」の四十七文字をモチーフにした「伊呂波小紋」、暦の表をモチーフにした「暦小紋」などユニークな紋様もあります。

【江戸更紗とは】
インドを起源とする染色工芸品“更紗”。木綿や絹に、草花や人物、鳥獣などの模様を、五彩と呼ばれる濃厚な色で染め付けたもので、日本に伝えられたのは室町時代だといわれています。当時は、武将や豪商、茶人など特権階級のみしか手に取ることができませんでした。

江戸時代中期になると、国内でも、舶来品の更紗を真似て、模様を木綿に染める“和更紗”がつくられるようになります。そして、江戸時代後期には、庶民にも流布。日本独特の感性も取り込まれ、独自の更紗へと進化しました。

型染を45回繰り返す緻密な作業。江戸小紋ができるまで


黒い部分が防染糊で、染め上げられた時に白く抜かれる部分です。

では、江戸小紋、江戸更紗はどのようにしてつくられるのでしょう。まずは、江戸小紋ができるまでの工程をご紹介します。

【江戸小紋の製作工程】
1、反物を約6.5mの板に貼り付ける
着物1着分の反物は幅約38cm、長さ約13m。まずは、無地の反物を約6.5mの一枚板の表裏にぐるりと、糊で貼り付けます。斜めになったり曲がったりしないようまっすぐ貼り付けて、左右の端をテープで固定します。

なお、テープで固定した約5mmの部分は染まらず、“耳”と呼ばれます。本物の手染めには“耳”があります。“耳”がないものは、機械で染めた偽物です。ただし、最近では、機械染めでも“耳”をつくることができるそうです。


2、型紙を水で濡らす


型紙は水で湿らせてから使います。

乾いた状態で使うと、型紙が破れやすくなるため、型紙を水で濡らし、新聞紙で水気を取ります。

型紙は、和紙を貼り合わせて柿渋を塗り、紋様を彫り込んだもの。伊勢型紙と呼ばれ、三重県は伊勢の型紙職人が作っています。最近では、型紙職人が減少し、後継者不足が問題になっているそうです。


3、型染を45回繰り返し、防染糊を捺染していく


布地の上に型紙を置いてその上からヘラで防染糊を捺染していきます。

型紙の大きさは、縦約30cm、横約38cm。長さ約13mの反物を染めるには型染を45回繰り返します。型紙を布に置いて、ヘラで防染糊を捺染していき、塗り終わったら型紙をあげて、続きの部分に置き、同じ作業を繰り返します。型紙を置くときは、前に染め付けられた柄とずれないよう、“星”という目印を合わせていきます。

型紙の継ぎ目で模様がずれないように、“星”を合わせているところ。

少しでも模様がずれたら、価値が下がります。そのため、1mmにも満たない点や模様がずれないよう、緻密な作業が求められます。

ただし、江戸小紋はどうしても“型継ぎ”と呼ばれる、型の継ぎ目が微妙に残ります。それは、本物の手染めの江戸小紋か見分ける材料にもなります。機械染めの場合は“型継ぎ”ができないからです。江戸小紋は“型継ぎ”がなくても、目立ってもダメなのだといいます。


4、防染糊が乾いたら、染料の入った糊をしごいて地を染める
型染をしたら防染糊を乾かし、その上から、染料の入った色糊をヘラでしごいて地を染めていきます。最後に、色糊同士がくっつかないようおがくずをかけます。


5、蒸して染料を発色・定着させて、蒸し上がったら糊を水で洗い流す

おがくずをつけたまま蒸し箱に入れ、蒸して発色させ、色を定着させます。蒸し上がったら、水で洗い流します。すると、色糊で染めた地色に、防染糊をつけた部分が白く抜かれます。

江戸更紗の反物。エキゾチックな雰囲気がありながら、深い渋みを持つ。

江戸更紗も、型紙を使って染め付けていきます。ただし、二十数色の染色を使っており、版画のように1色ずつ染め付けていくため、使う色の数だけ繰り返して染色しなければなりません。

「当社では、最大24枚の型を使っています。つまり、1色ずつ24回繰り返して染色していかねばなりません。江戸更紗の方が、複雑な柄で色数も多く、作業が大変なように思われます。しかし、その分、型継ぎなどがわかりづらくなります。実は、江戸小紋の方が、繊細で緻密な柄を染め付けるためにごまかしがきかず、高い技術が求められるんですよ」(中條さん)。

好きだから続けられる。仕事が楽しいから人が定着する


江戸小紋の制作過程について説明してくれる三代目・中條康隆さん。
大松染工場では、染体験教室も行っていて、実際に、職人が使う道具で、染織が体験できます。

中條さんは、大松染工場の三代目。父親である二代目・中條隆一さんの背中を見て育ち、自然な流れでこの世界に入ったといいます。二代目は、厚生労働省「現代の名工」、墨田区登録無形文化財などに認定され、黄綬褒章も授与されている名工です。

「二代目が大きくしてきた会社を、横ばいでもいいから残していきたいですね。日本の繊維産業は右肩下がりで、着物を着る人も随分と減ってきました。残念なことに、同業者が何軒も潰れていくのを見てきました。

その中にあって、当社はたくさんのご注文をいただいています。絹や綿、ポリエステルまで、様々な素材を扱っていて、幅広いニーズにお応えできるので重宝していただいています。また、9人のスタッフがいるため、機動力もあります。

若い技能者が作業しやすいよう、作業台の長さや高さを改良したり、型紙を枠に貼るなどしたり、技術の取得がスムーズに進むような工夫もしているんですよ」(中條さん)。

大松染工場では、30~38歳までの若き職人たちが働いています。女性もいるそうです。

「工場は、染物を早く乾かすため、年中暖房がついています。だから、夏は暑くて大変です。私は、夏になると3kg痩せます。冬は冬で、冷たい水を扱うので、手がかじかんだり、荒れてしまったりします。やっぱり、大変な仕事ですよね。

でも、みんな、『仕事はきついけど、中條さんと仕事をするのが楽しい』と言ってくれて、頑張ってくれるのでありがたいですね。私はこの仕事が大好きで楽しくて仕方ありません。やっぱり、みんなそうですが、好きだから、どんなにつらくても続けられるんですよね」(中條さん)。

技術革新やアイデアで次世代を見据えた取り組みも


表裏を同時に染め付ける“かさね染”で染色した、市松柄のてぬぐい。


江戸更紗を染めた牛革で作ったバッグ。

楽しみながら仕事としているから、新しい技術やアイデアも生まれるのでしょう。

大松染工場では、伝統的な技法を守りながら、新しい技術もいくつか開発しています。例えば、皮革素材に染め付けたり、てぬぐいの表裏を同時に染め付けたりできるのは、大松染工場ならではの技術だそう。てぬぐいの表裏を同時に染め付ける技術は“かさね染”といって、とても神経を使う作業なのだそうです。


江戸小紋ワイングラスマーカー。撥水加工をしているから、ワインがこぼれても大丈夫。

また、中條さんは、デザイナーとコラボレーションしたり、現代の感覚に合わせた新商品の開発も積極的に行っています。

2018年には、東京都及び東京都中小企業振興公社が推進する「東京手仕事」にも応募。東京の伝統工芸職人とデザイナー等による商品開発プロジェクトで、中條さんはデザイナーの久保貴史さんとともに、江戸小紋をあしらったワイングラスマーカーを開発しました。仲間が集まるホームパーティーなどで、ワイングラスマーカーをステム(脚)に付ければ、誰のグラスかわからなくなることがありません。

この作品は、全144アイテムの応募から厳選された10品の普及促進支援対象に選ばれています。

大松染工場では、伝統を継承していくだけでなく、技術に磨きをかけ、新しい挑戦を続けています。最後に、中條さんに、こう聞いてみました。

――伝統工芸とは、どんなものだと思いますか?

「最初は、伝統工芸といわれてもピンときていませんでした。家業に入って17年。日々、生地や糊と立ち向かっていくうちに、『これが、日本の伝統工芸に認定されている江戸小紋・江戸更紗なんだ』と徐々にわかってきたような気がします。これを後世に残していきたい、広めていきたいと考えるようになってきました」(中條さん)。

取材協力:中條康隆さん(大松染工場
写真:櫻堂(諏訪貴宏)

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職人圖鑑編集部

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