かっぱ橋道具街の食器店で、すてきなうつわに出会いました。
なんといっても赤、そして、それを際立たせるように黄色と青がさしてあり、見ていると心なしか心が弾むようです。
裏印を見ると「中郷窯」とありました。どんな窯か気になって調べてみると、滋賀県の信楽で、鈴木工友さん・正彦さんの兄弟が営んでいる窯だということがわかりました。
作品に惹かれたからぜひお話をうかがいたいとお願いすると、「本当は取材とか、表に出るようなことあまりしないけれど。そういわれたら断れないなぁ」と、引き受けてくださいました。季節は初秋、「信楽はもう寒いので、防寒着を忘れずに」と心遣いが身に染みます。
数日後、車を走らせて信楽へ。町に入ると、大小様々な〝信楽焼のたぬき〟たちが出迎えてくれました。愛嬌のあるたぬきたちの表情を楽しみながら町を通り抜けて、人里離れた場所にある中郷窯へ。工友さんと正彦さんが揃って出迎えてくれました。
中郷窯の庭。初秋。
ホテルや料亭など飲食店からの受注生産が中心。料理のプロとのせめぎ合いの中で生まれるうつわ
工房にて。工友さん(奥)、正彦さん(手前)。
工房には様々なうつわがディスプレイされていました。粉引に赤絵などで彩られたうつわと、シンプルでモダンなモノトーンのうつわ。まったく個性の違うものが並んでいます。
「私は絵付けで、弟はこういうモノトーンのものをつくります。同じ物をつくっても仕方ないですからね。お客様も、選択肢がある方がいいですよね」と、工友さん。
工友さんのうつわ。
正彦さんのうつわ。
お客様とは、ホテルのレストランや料亭など飲食店のこと。中郷窯では、おもにプロが使う食器を受注生産しているのだそう。飲食業界のプロ向け商材を扱うかっぱ橋道具街で、工友さんのうつわに出合ったのはそのためだったのかと合点がいきました。
「この業界はいろんな人がいます。芸術品をつくっている陶芸家もいれば、クラフトマーケットのようなところで売って回っているつくり手もいます。うちのように、お客様とギリギリのところでせめぎ合いをしながら、ものをつくっているところもあるんですよね」(工友さん)。
中郷窯では、問屋を介して飲食店から注文を受けます。写真などを交えながらイメージが伝えられ、お客さんの要望に叶うものをつくります。納期や予算が、厳しい条件であることも珍しくありません。
「自分たちの手に負えるか負えないか、その納期でできるかできないかをまず判断します。できないときは、きちんと断らないと迷惑がかかりますからね。
でも、最近は、陶器をやめる人も増えていて、頼めるところがなくなったと困り果てて、急にうちに話が降ってくることもあるんですよね。そして、そんな話の時は、だいたい時間がない(笑)。
『1週間で納品して欲しい』なんて、通常通りやっていては不可能な話もあるんですが、『ちょっと変化させてならできる』と提案したり、焼き時間が短くても、長く焼いたのと同じような仕上がりになる土や釉薬をつくったりして工夫しています」(工友さん)。
老舗うなぎ店からのオーダーは、今まで見たことのない長さの長皿だった!
うなぎ店からの注文でつくった長皿。
ある老舗うなぎ店から注文を受けてつくった長皿を見せていただきました。とても長い長皿です。うなぎを1尾、そのままのせるためでしょう。
「以前つくった長皿のサンプルを見て、このデザインでさらに長くして欲しいというオーダーでした。正直、どうししたものかと困りましたね。これでは長すぎて、重さに耐えられず、できあがる前に生地が切れてしまうと思ったんです。
しかも、急いで欲しいとのこと。本当は、試作して、つくりとか、乾燥の具合とかを確かめてみたいところですが、そんな余裕はなくて、いきなり製作に入ったんですよ。なんとか無事に納品できましたけどね」(正彦さん)。
お客様の要望にきちんと応えること。当たり前のように思われますが、確かな知識と技術がなければできないことです。問屋から難しい案件が持ち込まれるのも、お二人の腕を見込んでのことでしょう。
しかし、とても生々しいお話で、正直なところ、少し面食らってしまいました。
「〝伝統工芸をつきつめてやっているんだ〟と思われるのは逆に迷惑だったりします。まずは食べるということ、続けるということです。
でも、時々、好きなものもやります。自信をもって発表したものが、まったく売れなかったりしますけどね(笑)。それで、また次にいく。その繰り返しです。
注文をもらってやっていく方が楽といえば楽ですが、それだけではおもしろくないですから。『個展で出したものをこう変えて』とか、商品にも反映したりしながらやっています」と正彦さんは話してくださいました。
レンガのような模様のお皿。正彦さんによるもの。
シンプルで幾何学的なようでいて、どこか温かく優しい雰囲気をまとった正彦さんのうつわ。どのように模様をつけているのか伺うと、「これはハンコのような感じで色をつけています。規則正しい柄は簡単です。そうじゃないのは、1つ押しては考えて、また1つ押しては考えて。将棋を指す時のようにじっくり考えながらつけていきます」と教えてくれました。
ギリギリ描けるものを描くだけ。その言葉の中にあるものとは
工友さんの作業場。ここで絵付けをしている。
別棟にある、工友さんの作業場を見せていただきました。こぢんまりとした、秘密基地のような部屋です。薄暗い部屋に、手元を照らすライトが下がっています。部屋の周りでは、猫が3匹くつろいでいました。
踊るように筆をすべらせ、絵をつけていく。
絵付けをしているところを見せていただきました。見本を見ながら、さらさらと絵を付けていきます。その筆捌きに思わず引き込まれてしまいます。
何をモチーフに描いているのか伺うと、「花のようなもの、とでもいいますか。いかにもといった花を描くのは料理人には好まれないんですよ。主役は料理ですから」といいます。
今、ものづくりをするうえで、テーマにしているものがあるかと伺うと、「ギリギリ描けるものを描いているだけ。きっちり決まった絵をかくこともありますし、いいように描くこともあります。しいていうなら、自分の中のブームは猫かな。『いい感じに描いて』と注文がきたら、だったら全部、猫を描いちゃうよって(笑)」と、工友さんは飄々と、ユーモアを交えながら話されます。
机のそばに、可愛らしい猫のイラストが。
お客さんの要望に合わせるという、決まった枠がある中でも、自由闊達な気風を感じる中郷窯のうつわ。その理由が少しわかったような気がしました。
陶芸家である父・鈴木茂至さんが残したもの
お父様の代から使っている登り窯。
中郷窯では、普段、ガス窯で焼きますが、敷地内には登り窯もあります。お父様であり、陶芸家である鈴木茂至さんがつくられたものです。
「今は、日々の仕事で忙しくて使っていません。最後に使ったのは2年前ですね。いつか時間ができたら、ゆっくりやりたいですね。
こういう窯はなかなかつくれないんですよ。つくれても、煙が出るので人が住んでいるところだとなかなか使えませんからね。だから、私たちは、これを伝家の宝刀と呼んでいます(笑)」(工友さん)。
そして、作業場に戻り、2階へ案内してくださいました。そこには、たくさんの緋色のうつわが飾られていました。すべて茂至さんの作品です。
信楽焼らしい緋色が美しい茂至さんの作品。
茂至さんが描いた風神図。
「私は、絵はやりませんが、父は、昔ながらの信楽焼の焼き締めに絵を描いていました。人物画のようなものや、花をよく描いていましたね」と正彦さん。
工友さんは絵付けをします。お父様から習ったのかと伺うと、「習ったことはないですね。代わりに描いたこともないです。道具も残っていますが、使ってないですね」といいます。
登り窯の前で工友さんの話しを聞いている時に、「代々どうこうということではなくて、こういうのは個人のもの」という言葉があったのを思い出しました。見えるものも見えないものも、受け継いだものはたくさんあるでしょう。でも、開く花は個々で違い、開かせ方も人それぞれなのだと思いました。
求められるものをひたすらつくる日々。その中で、ギリギリのところで、表現をしていくこと。そして、遊び心を忘れないこと。
これが職人の日常であり、食べていくということ、そして、生きていくということなのだと思いました。
取材協力:中郷窯(鈴木工友さん、正彦さん)
写真:諏訪貴洋(櫻堂)
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