日本工芸探訪~ルポルタージュ~

2021年06月21日

機能的なものは美しい。食事が心地よく楽しくなる、大黒屋の「江戸木箸」

すらっとしたフォルムに、艶めかしい木肌、シャープでありながら柔らかさを感じる多角形の江戸木箸。持つとしっくり手に馴染み、なぜか背筋がしゃんと伸びます。

料理をすっとつまみ上げて口に運ぶと、箸先の感触はほとんどなく、素材の感触が際立ちます。

箸、1つ変えただけで、こんなにも心地よく、美味しく食事がいただけるなんて――。

機能性を追求した、大黒屋の「江戸木箸」


江戸木箸工房ショップ「大黒屋」工房ショップ内には多種多様な箸が並ぶ。
手に持って、握り心地を確かめながら選ぶことができる。

東京の下町、東向島にある江戸木箸の「大黒屋」。工房のすぐそばにあるショップには、200種類以上の箸がズラリ並びます。

黒檀や紫檀、鉄木などさまざまな木材を、四角形、五角形、六角形、七角形、八角形、丸形、小判形などに削った江戸木箸。どれも美しく、艶やかで、「あれも素敵、これも良いな」と目移りしてしまいます。

「どうぞ、手にとって握ってみてください。女性は、八角形の箸が柔らかくていいという方が多いですよ。五角形も持ちやすいけど、なんとなく角が当たる感じがするとおっしゃいます」と、教えてくれたのは、大黒屋の代表であり、江戸木箸の職人でもある竹田勝彦さんです。

大黒屋・代表、竹田勝彦さん。工房ショップにて。

竹田さんは、もともと食器問屋に勤めており。陶磁器、漆器、洋食器、そして箸とあらゆる食器を持って、全国各地を回っていたそうです。独立しようとなった時、需要がなくならず、在庫がかさばらないものがいいと思い、箸を専門で扱い始めました。

最初は、各地から塗り箸などを仕入れて販売していましたが、次第に、「使いやすくて、食べものが美味しく感じられるような箸をつくりたい」という思いが強くなり、商品開発を開始。ついには、納得いく箸をつくるために、自ら職人となってしまいました。

箸は自分専用の道具なのに、なぜ使い勝手が重視されてこなかったのか

左から、四角形、五角形、六角形、七角形、八角形に削られている。

「箸は自分専用の道具ですが、色や柄などデザインでパッと選びがちです。靴を買う時はどうでしょうか。足に合うかどうか慎重に選びますよね。なぜ、箸も、もっと慎重に選ばないのだろうと思ったんです。そうしたら、そんな風につくられている箸がほとんどないことに気づきました」

こうして、竹田さんは、指にフィットする箸を開発しようと考え始めました。丸に近い方が持ちやすく、ある程度、角があった方がひっかかりかが良いのではないかと八角の箸を考案して、箸職人に持ち込んでつくってもらおうとしました。

しかし、「そこまで手をかけなくても」と敬遠されてしまいます。箸は丸太を製材して四角い棒に削り出してから成形していくため、そこから八角形に削っていくのはとても手間が掛かります。

江戸木箸ができるまでの工程。

結局、誰も引受けてくれず、竹田さんは思い切って自分でつくることにしました。サンプルを自分でつくることはありましたが、商品をつくるのは初めてです。

「最初の頃は、バランスの難しさに悩まされました」という竹田さんですが、元来、手先が器用で、何事も突き詰める性分だったこともあり、苦心の末、八角形の箸が完成。狙った通り、とても握りの良い箸ができあがり、百貨店の催事に出したところ評判も上々だったといいます。

「もっと握り良い箸を」との思いから、五角形、さらには七角形の箸を考案

手に優しくフィットする八角削りの箸。

八角形の箸ができて何年か経った頃、竹田さんは、また新たなアイデアを思いつきます。

「箸は、3本の指で掴むものだから、奇数が持ちやすいのではないかと思いついたんです。三角形は角が立って痛いので、五角形はどうだろうと思ってつくってみると、とても握り良い箸ができました」

箸を削る竹田さん。

四角に製材された棒を、目と手の感覚だけで、五角形に削るのはとても難しい作業です。しかも、箸は2本で一膳のため、形が揃っていなければなりません。手直しすればするだけ、箸はだんだんと細くなってしまいます。何度も繰り返して挑戦していくうちに、ようやく均一な五角形をつくれるようになりました。


手の感覚と、目視だけで、正多角形を精密に削り出す。まさに職人技。

ところが、男性には人気の五角形でしたが、女性には依然、八角形が好まれていました。そこで、今度は、八角形に近い奇数角形である七角形に挑戦してみることに。七角形は割り切れないため、さらに難易度が上がりましたが、苦心の末、美しい七角形の箸ができるようになりました。どこかにズレがあるはずですが、見た目ではわからないほど整っています。

「七角形は、五角形のシャープさと、八角形の柔らかさのいいとこ取りです。みなさん、『七角形の箸がしっくりくる』って言うんですよ。なぜか理由を聞くと『わからない』と言うのですが、おそらく、八角形も七角形も丸に近く、一見同じような見た目ですが、一面少ないだけで、角がしっくり手に収まり、固定されて動きにくくなるのではないかと思います」

七角形の箸は、経済産業省が推進するクールジャパンによる地域活性化推進プロジェクト『The Wonder 500』にも選定されました。

包丁を素材によって使い分けるように、箸も料理に合わせて使い分ける

料理に合わせて使い分ける専用箸。

力強く混ぜられるよう、くい先を太めにして丸みをもたせた「納豆箸」。
柔らかくても掴みやすいよう、くい先を太めの四角にした「豆腐箸」。
ざる蕎麦をするっと心地よく食べられるように、くい先を細めにした「そば箸」。
持ち代を小判型にし、くい先は90度角度を変えて平らにして、握り寿司を掴みやすくした「寿司箸」。

大黒屋には、料理を美味しくする専用箸も揃っています。

「箸は道具です。刺身包丁、菜切り包丁など、食材によって包丁を変えるように、箸だって、料理によって美味しく食べられるものがあってもいいと思ってつくりました。洋食でも、料理によってフォークやナイフ、スプーンを使い分けるでしょう。

例えば、お刺身は、先端がしなるほど細い箸で食べるととても美味しいですね。七角形で細いくい先の刺身箸は、先端まで七角形に削っています。これで本マグロの刺身を食べるとたまらないですよ。だけど、この箸でお肉を食べると、先が折れるかもしれませんね」

大黒屋の江戸木箸を初めて見た時、しなやかで美しい姿に惹かれました。しかし、それは、あくまでも機能性を追求してきた結果だといいます。

筆者が購入してきた江戸木箸。青黒檀八角形削り箸。

取材後、稀少材である青黒檀でつくった八角削りの江戸木箸を買いました。艶やかに輝く緑色を帯びた黒色に惹かれ、手に持つと八角形の感覚がとても柔らかく手に馴染みました。また、重すぎず軽すぎず、バランスもちょうどよく感じられ、〝私の箸〟になりました。

くい先まで八角形に削られているので、食べ物がしっかりとつまめて使い心地も絶妙です。先端が細いせいなのか、ごはんを食べれば、米粒の柔らかさが際立つような気がします。先の細い箸だから、晩酌のつまみのお刺身も、一段上の美味しさに感じられます。

思いがけず、ずっと大切にしたい箸に出会えました。

「うちでは修理もしています。使い方によって傷み方が違うから、つくる時よりも手間がかかるけど。やっぱり、長く使うと愛着が湧いてくるからね」と、竹田さんがにっこり微笑みながら話してくれたことが思い出されます。

取材協力:江戸木箸 大黒屋
撮影:諏訪貴洋(櫻堂)
執筆:瀬戸口ゆうこ

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職人圖鑑編集部

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