京都の料亭の料理人など、プロも愛用するという江戸幸の銅製おろし金。江戸時代から続く昔ながらの羽子板型で、目は1つ1つ、熟練の職人が手作業で立てています。表裏で目の細かさが異なり、表面は目が大きく大根やりんご、にんじんなど、裏面は目が細かくしょうがやわさびなどをすりおろすのに使います。
このおろし金は、軽く力を入れるだけでスッと心地よくすれます。試しに、大根をおろしてみたら、水をたっぷり含んでいてふわふわです。食べると、口当たりが優しく、噛むとシャリっとみずみずしさを感じます。おろし金1つで、これほどまでに薬味のおいしさが変わるのかと驚くばかりです。
銅製おろし金をつくる、東京で唯一の職人
「江戸幸 勅使河原製作所」二代目・勅使河原隆さん。
「鋭く切り立った目で繊維を切って、細胞を潰さないから、食材から水分が失われないんです。しょうがのスジもきれいに切るんですよ」というのは、この銅製おろし金をつくった「江戸幸 勅使川原製作所」二代目の勅使川原隆さん。東京葛飾区に工房を構える銅器職人です。銅製の玉子焼き器や鍋なども注文に応じてつくるそうですが、95%がおろし金の製作だといいます。
18歳で家業に入って、先代である父のもとで研鑽を積み、この道60年以上。60年前には、東京にも銅製おろし金をつくる職人が何人もいたといいます。しかし、度重なる不景気と、機械化の波に押され、現在は、勅使川原さん唯一人となってしまいました。全国でも数えるほどしかいないそうです。
力を入れなくてもすりおろせるように目を立てる
勅使川原さんがつくったおろし金の目。鋭く切れ味が良い。
勅使川原さんが手がけたおろし金がよくすれる理由は“目立て”にあります。
その仕事を見せてもらいました。
羽子板型に型抜きした銅板に、変色防止の錫を焼き付けて、ガイド線となる筋を引いたものに、鏨(たがね)という金工用のノミを使って目を立てていきます。
左手に鏨を持ち、金槌で鏨を打ち込んでいく。
すべて鏨。つくるものによって使い分ける。
まずは、目の大きい表面。筋に沿ってひと目ひと目、カンカンカンと鏨を打ち込んで目を立て、一列、また一列と打ち進んでいきます。全列、立て終わったら、上下逆さまにして、互い違いになるように、さらに目を立ててきます。下ろしても引いても、効率よく、余計な力を使わずすれるようにするためです。
「この切れ味は手打ちでしか出せません。機械打ちでは細かい目しか立てられませんが、手打ちなら大きな目も立てられます。根元をしっかり立てることで、丈夫で鋭い目にしています」
目はあえてきっちり揃えない。熟練職人の手仕事だからできること
表側の目立てが終わったところ。直線に沿って立てているが、あえて、きっちり揃えないようにしている。
目と目の間隔も重要です。詰まりすぎると引っかかり、開きすぎるとスカスカで空回りします。スッと力を抜いてすれるくらいの間隔を意識して打つそうです。
表が終わったら、今度は裏面です。同じ作業の繰り返しですが、目が細かいため、より緻密な仕事が求められます。
打ち終わると、勅使川原さんは目を見せながらこういいます。
「目がきれいに揃っていないでしょう。実はこれが重要なんです。目が揃い過ぎていると詰まりの原因となり、すると、食材がひっかかり、細胞が潰れて水分が流出してしまいます。あえて不揃いにするというのも機械にはできないことですよね」
勅使川原さんが受け継いだ職人技を次世代へ
目を立てている勅使川原さん。1か所でも打ち損じると商品にならないため集中力もいる。
現在は、勅使川原さんは82歳になりますが、弟子を育てながら、日々、製作にいそしみ、時に、全国の展示会へ出かけるなど、忙しい日々を送っています。
不景気のあおりを受けたり、最近は、銅の価格が高騰したり、取り巻く環境は厳しく、辞めようと思うこともあったそうです。しかし、6年前に、弟子をとったため、そう言ってもいられなくなったといいます。
「あと何年やれるか不安もあり、焦りもありますが、やれるところまでやってみようと思っています。私たちの時代は『見て覚えろ』という感じでしたが、それでは、人によっていつ一人前になるかわからないから、ちゃんと教えるようにしています」と優しく微笑みます。
弟子はまだ27歳。途絶えかけたかと思われた職人技が、次世代に引き継がれつつあります。
仕上がった銅製おろし金。大・小サイズがある。
勅使川原製作所のおろし金は20~30年使い続けることができます。長く使うと目が丸くなり切れ味が落ちますが、修理をすれば、さらに20年使えます。先日も、先代がつくったおろし金を勅使川原さんが修理したそうです。
何十年か後、勅使川原さんがつくったおろし金を、弟子が修理する日がやってくるのかもしれません。
取材協力:江戸幸 勅使川原製作所 勅使川原隆
撮影:小野順平
執筆:瀬戸口ゆうこ
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