日本工芸探訪~ルポルタージュ~

2024年02月04日

型染めを続けるために、つなげるために。自由な発想で道を切り開く藤本染工芸・藤本義和

織物のまちとして栄えた東京都八王子市。藤本染工芸の染師・藤本義和さんが生まれ育ったのもまた織元の家でした。昭和29年、藤本さんは専門学校を卒業後、染色を学ぶため、江戸小紋の石井孫兵氏に弟子入り。およそ10年の修行を経て八王子に戻って工房を構え、かれこれ60年以上になります。現在の工房は、家業が廃業したのち、織工場を引き継いで使っているそうです。

江戸小紋の染色技法を学んだ後、“手差し型染め”や“木版染め”の技法を確立

藤本染工芸の染師・藤本義和さん。八王子の工房にて。

伝統的な江戸小紋染めの技術を学んできた藤本さんですが、その仕事は小紋染めにとどまりません。“手差し型染め”や“木版染め”の技法を独自で確立するなど、常に新たな挑戦を続けてきました。

手差し型染めで染め抜かれた布地。

“手差し型染め”は型染めした後に、紅型(びんがた)のように、小さい刷毛を使って手差しで色を加えていく技法です。手染めならではのぼかしが、気品ある紋様に優しい雰囲気を纏わせます。


木版染めの布地(左)。柔らかな風合いが魅力。スタンプを押すようにして染めていく(右)。

 “木版染め”は、木型を彫って、スタンプを押すように柄を押して染めていく技法。繊維の凹凸によって染料のつき具合が違ってくるため、同じ色でも濃淡が生まれ、独特の柔らかな模様に仕上がります。

日本最古の型染め技法といわれていますが、藤本さんが木版染めに出合ったのは修行時代のことでした。

正倉院の国宝展で出合った木版染め。独自に研究を重ね作品が評価される

木版染めに使う木型も自分で彫ってつくる。

「正倉院の国宝展で見た、小さな染布がきっかけでした。それを調べていくと、木版染めで染められたものだということがわかったんです。江戸時代から続く、木版染更紗とはまた違った染め具合で、興味深かったですね。修行中でしたので、勝手なことはできませんから、独立してから試してみるようになりました」

本業の傍ら、自ら木版を彫り、木版染めの作品をつくるようになったといいます。「ちょっとイタズラしてみようと、軽い気持ちではじめました」と、藤本さんはいいますが、やがて、その技法を駆使した作品は、コンクールで通産大臣賞に選ばれるほどになりました。

染布で日傘やバッグを。型染めを続けるために、つなげるために

染布でつくった日傘。高級夏着物地「綿紅梅」に染めています。

藤本さんの染色技法が用いられるのは着物だけに留まりません。染布を日傘やバッグなど服飾品にしたり、八王子産の竹和紙に型染めをしてノートカバーや名刺入れなどをつくったりしています。

染布でつくったショルダーバッグ。

八王子産の竹和紙に型染め。

「小物をつくるための生地を染めるなら、1枚の型紙で染める分だけで足ります。これなら、100歳になっても型染めが続けられますよね」と、今年88歳で、現役で仕事を続ける藤本さんはにっこり笑っていいます。

反物を型染めするには、型紙の継ぎ目がわからないように染めていかねばなりません。それが職人の腕の見せ所です。江戸小紋ともなると、遠目には無地に見えるほど小さな柄を染めるため、少しのズレで台無しになってしまいます。繊細な仕事のため、年を重ねると目もつらくなります。

しかし、小物をつくる分だけの生地を染めるなら、柄をつなげる必要はありません。

型染めの未来を、女性ならではのものづくりに託す

大正時代に彫られた伊勢型紙。藤本さんが師匠から受け継いだもの。

「それに、1枚ずつ染めるなら、糊さえ置ければ、誰でもできるようになります。型紙1枚分を染めるスペースがあればいいので、作業場は自宅でもいいのです。だから、型染めの伝統をつないでいくには、この形がちょうどいいのではないかと思っています」

着物を着る人が少なくなり、型染めを生業とする職人も減っています。しかし、藤本さんは、「1枚の型紙を染めるだけでもいい」といいます。

「これをどう使うかだと思います。これさえあれば、なんだってできる」といって、美しい紋様が彫られた型紙の数々を見せてくれました。大正時代に彫られた型紙で、師匠から譲り受けたものだそうです。

スカーフの端に染めるだけでもすてきな仕上がりに。

「1枚といわず、一部分の模様だけ使ってもいいんです。布じゃなくて、紙でも革でもいい。その辺り、女性は、既成概念にとらわれず実に面白いことを考えますよね。うちには弟子が4人いますが、みんな女性です。型染めを現代アートと組み合わせたりする子もいます。基本さえ守れば、なんだってやっていいと思うんです。難しいことは考える必要はありません。彼女たちなりの染め方、使い方で、型染めの伝統がつなげていければいい。これからは、やっぱり女性の力だと思います」

次世代のために、地元のために。職人やアートを志す若者が相談に訪れる

藤本染工芸の工房。

藤本さんのもとには、彫りをやりたい人、染めをやりたい人、表現に型染めを取り入れたい美大生など、職人やアートを志す若者もよく相談に訪れるそうです。彼らと一緒に、地元・八王子を盛り上げる活動も積極的に行なっています。前述した、八王子さんの竹和紙を使った商品開発もその一環です。自身の仕事もこなしながら、次世代の伝統工芸のため、地元のために精力的に活動しています。あまりの多忙ぶりに、倒れてしまわないかと心配になるほどです。

「私は、息子を病気で亡くしているんです。41歳でしたが、その時点で、私よりも腕が良かったですね。その時に決めたんです。これからは、年を取っていくのではなく、息子の年まで削っていこうって。これからの人たちに、何か伝えていきたい。その一心で、なんとか走り続けています」

藤本さんと弟子の1人、染め工房かほりの山崎かおりさん。八王子を拠点に活動している。

取材当日、八王子で活動する弟子の1人、染め工房かほりの山崎かおりさんにもお会いできました。その日はお二人で、染めでつくる新しい八王子土産の相談をしていました。新しいアイデアについて話す様子がいきいきと、なんとも楽しそうに目に映りました。

藤本さんの思いは、きっと、次の世代に受け継がれているに違いありません

取材協力:藤本染工芸・藤本義和
執筆・撮影:瀬戸口ゆうこ

職人圖鑑編集部

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