伝統・文化

2022年10月25日

江戸時代から伝統技法を受け継ぐ宙吹きガラス「肥前びーどろ」

江戸時代末期。佐賀藩は「精煉方(せいれんがた)」という、今でいう理化学研究所のような施設を設立しました。そこには、ガラス窯が置かれ、科学実験のためのフラスコやビーカーがつくられるようになりました。そして、明治時代になると「精煉所」という民間企業になり、ランプや食器などの日用品を作るようになったといいます。

その伝統技術を受け継ぐ工芸が「肥前びーどろ」です。現在は、唯一、副島硝子工業のみでつくられています。

「曾祖父にあたる副島源一郎が精煉所に丁稚奉公に出ており、独立後、当社を設立しました。当時は、他にも何軒かガラス工場があったようですが、オートメーション化の波に押され、現在は、当社のみとなりました」と話すのは、副島硝子工業の営業部長・副島隆男さんです。

副島硝子工業の営業部長・副島隆男さん。工場併設の店舗にて。

副島硝子工業にのみ受け継がれる伝統技法〝ジャッパン吹き〟

工場長・藤井崇さん。息を吹き込んでガラスを成形しています。

優美な曲線が美しい「肥前かんびん」や「藍色ちろり」、個性的な縄模様が可愛らしい「縄文」シリーズ、幻想的に煌めく「虹色」シリーズ、格調高い銀彩のうつわなど、副島硝子工業の主力製品はほとんど、型を一切用いず、空中で息を吹き込む “宙吹き”という技法でつくられています。

肥前かんびん(右上)、銀彩千代口(左下)。

40年以上のロングセラー「縄文」シリーズ。縄目の模様を施しています。

女性からの人気が高い「虹色」シリーズ。

中でも、〝ジャッパン吹き〟という伝統技法は、現在、副島硝子工業でしか見られません。宙吹き技法の1つで、「肥前かんびん」や「藍色ちろり」など注ぎ口のある製品をつくるのに用いられます。

 “ジャッパン吹き”は2本の竿を使うことから「二刀流」とも呼ばれます。

通常の“宙吹き”は、金属の竿を使いますが、“ジャッパン吹き”は2本のガラス竿を使うため、金属より持ち回しが軽く、空気以外のものに触れることがないため、より滑らかな肌合いに仕上がるといいます。

しかし、非常に難易度の高い技法であり、ベテランの職人でも、修得するのに10年以上かかるそうです。

一人前になるのに10年以上。半人前になるのに5年以上

現在、副島硝子工業には、工場長を筆頭にベテラン、中堅、若手と3人の職人がいます。

それ以前に、ガラス職人として、一人前になるのに10年以上の月日を要するといいます。

「どんなにセンスがあっても、半人前になるのに5~6年はかかります。製作中に手で触れられないので、感覚を掴むのが難しいのではないかと思います。例えば、100個つくったら、ベテランの職人でも1割はB級品になるのですが、5~6年選手だと半分かそれ以上ダメになります」

筋が見えたり、傷が付いたものはもちろん、色が薄くなったり濁ったり、狙ったところに泡が入らないものも商品になりません。また、形、模様、厚み、色味なども厳しくチェックし、一定以上のレベルに揃えなければなりません。クリアできないものはすべてB級品です。

ガラスの製造工程(一部)。吹いて成形したガラスの底を平らにならしています。

平らにならしたら、高台を付けます。

竿とガラスを切り離します。

切り離した部分を広げていき、口をつくります。

「私たちがつくっているのは作品ではありません。手づくりであり、まったく同じものはつくれないというところを理解していただきつつも、お客様が求めるクオリティのものを揃えて納品しなければなりません。それができるのが職人だと思います」

生産量を増やしたい。せめてアシスタントとして手伝いたい

「注文が入っても、お客様をお待たせするのが心苦しくて」と副島さん。

「すべて職人が手作りしているので、大量生産できないのが歯がゆいですね。まして、職人が育つまでにとてつもなく長い月日がかかりますから、生業として続けていくのは大変なことです」

何とか生産量を増やそうと、副島さん自身も、製造に携わろうと思ったことがあったそうです。

「私は30歳を過ぎてから家業に入り、営業としてあちこち飛び回り、何でもやりますが、ガラスを吹くことだけはできません。

生産が追い付かない状況が続いた時、せめてアシスタントでもできればと思って、修業させてもらうことにしました。家業のことですから本気で臨みましたし、大の大人が本気を出せば少しはできるようになるだろうと思いました。

しかし、そんな甘いものではありませんでしたね。ひたすら1か月、基本中の基本である、下玉を取る工程だけ繰り返し練習しましたが、まったくダメでした」

ガラスの出来を決める“下玉取り”

竿の先に溶かしたガラスを巻き付ける〝下玉取り〟をしているところ。

吹きガラスは、竿に溶けたガラス生地を巻き取り、息を吹き込んで膨らましながら形をつくっていきます。その竿に巻き取ったガラス生地を下玉といいます。つくるものによってサイズや厚み、付ける位置なども違い、そこが思うままにできなければ、何をやってもうまくいきません。しかも、ガラス生地は日によって硬さが違うため、毎日、同じようにやればいいわけではないといいます。

また、ガラスの色を出すには鉱物を混ぜますが、ほんの少しの加減で、柔らかくなったり固くなったり、割れやすくなったり、難易度が変わってしまうそうです。

「私には摩訶不思議な世界でした。これは、邪魔にしかならないと思って断念しました。センスもそうですが、『やっぱり若いうちからやらないと手が動かない』って職人からも言われましたね」

伝統工芸を産業として続けていくことの難しさ

新商品「アサギモール」の片口とぐい呑み。

多くのガラス製造会社が機械化と量産化にシフトしていった中、手作りの宙吹きガラスに特化して製造を続ける副島硝子工業。唯一無二の魅力をもった製品を生み出し続けていますが、すべて手づくりで、職人の育成にも時間が掛かり、ひと足飛びにいかない分、苦悩も大きいようです。

ガラスのアクセサリー展開も始めました。

しかし、最後に、副島さんは、こう力強く語ってくれました。

「地道に続けていくしかないですよね。職人を育てながら、今できることはなんでもしなければ。限られた中で、できること、できないことをきちんと整理し直して、新しいことにもチャレンジしていきたいと思っています。そんなかっこいいものではいんです。なんとかやってやるという意地みたいなものですね。今年はちょっと思い切ってやってみたいと思っています」

取材協力:副島硝子工業株式会社
撮影:諏訪貴宏
執筆:瀬戸口ゆうこ

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職人圖鑑編集部

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